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戦後空間


戦後空間WG/

戦後空間シンポジウム04

「バブル・震災・オウム教-1990年代、戦後空間の廃墟から-」


第4回目のシンポジウムは戦後空間の変質に目を向け、80年代後半から90年代を扱う。/バブルは戦後空間を駆動させた高度経済資本の成長が、イメージゲームにまで展開した。/震災は公共福祉を目的とし邁進してきた建築・都市の法的精神を温存させつつも、安全と従来の生活文化に矛盾を生じせしめ、その後の建築行政のあり方の方向性を決定した。/オウム教は「ユートピア」を目指す組織が、その実現にあたって政治権力のみならず一般市民までをも敵とした事件であった。これは戦後空間が保証してきた自由な表現活動一般に対しての大きな挫折となった。/重要なことは、それらが連動していたことである。/この三つの要素とその余波が絡み合うことで、戦後空間の変質が確固とした流れとして現れてきたと言えるのではないか。第4回目のシンポジウムは以上のような要素の出現がその後、現在までの戦後に与えた空間の特質を導きたいのである。〔中谷礼仁〕/日

戦後空間シンポジウム03

市民・まちづくり・広場 -1960-70年代の革新自治体と都市・建築のレガシー


1960~70年代にかけて、東京都や横浜市など革新系首長が率いる自治体が全国に登場した。これらは高度経済成長のひずみへの応答として誕生し、福祉、都市、環境、教育などの政策諸分野において、①市民参加を基本とした政治・行政手続きの民主的改革、②高度経済成長中心の政策から市民生活基準(シビル・ミニマム)に基づく市民福祉型への転換、③国家主導型の政治から市民・自治体主導型の政治への転換を進めたとされる。その一方で革新自治体の時代は1980年代には終焉した。現代の都市づくりの根底にある概念や方法(例えば市民参加、都市デザイン、環境共生)の原点の多くが革新自治体にあるのは確かである。一方、人口減少、超少子高齢化、都市縮退など都市を巡る状況が大きく転換した現在、こうした概念や方法の意義と有効性を根底から問い直し、必要に応じて再獲得していくプロセスが求められる。本シンポジウムでは、そうした問題意識に立ち、

戦後空間シンポジウム02

技術・政策・産業化 ―1960年代 住宅の現実と可能性―


主催/:日本建築学会建築歴史・意匠委員会戦後空間ワーキンググループ/日時/:2019年1月14日(月・祝)13:30-17:00/場所/:建築会館(東京都港区芝5-26-20)会議室301・302/主旨/:/第2回シンポジウムは「技術・政策・産業化」という構成で1960年代を考えます。/例えば、岩波新書版「日本の近現代史(全10巻)」の1960年代に焦点を当てた第8巻、武田晴人著「高度成長」で、建築に関する記述は、唯一、第2章でのnLDKという概念の成立と団地の登場です。この点は、高校の日本史の教科書でも同様です。/1960年代、建築と社会は、住宅で結ばれていたというのが近現代史の側の見解です。そこで、1960年代の住宅を、技術・政策の両面から分析しつつ、今日、産業と呼ばれる迄に成長したこの分野が、いまだ可能性であった時代の住宅の現実を振り返りたいと思います(内田)。/プログラム/:/1.

戦後空間シンポジウム01


<戦後空間>/ 私たちは、「戦後」の都市や建築における実際の建設活動、計画、それらに関わる政策、法制度、出来事、生活体験、文化、言説等の諸事象が互いに緊密に結ばれてかたちを為すある領域の総体を、〈戦後空間〉と名付けました。/この〈戦後空間〉には、いかなる論点の幅や射程があるのか。わたしたちの1年間の議論からここにその端緒を示します。それは、新体制における規範とその実現、民主主義の空間的“翻訳”、長い開発主義、「戦後」の両義的文脈、戦後的価値の不定形さ−−−。無論ここには、「戦後」それ自体のアジア的・世界的相対化も含まれています。「戦後」とはあくまで未定立な“終わり”であり、〈戦後空間〉とは、不定形な対象の言語化と思念化、歴史の可能態の検証の契機です。/ さて、大きくは断絶と刷新によって構成されるこの〈戦後空間〉の特質は、戦後の建築・都市計画に、常に両義的な文脈を投じていました。そしてこの特